花 守 綺 譚

 ■ ミラージュ・オブ・・・

 まずった……よな?
 いかに山深いとはいえ、小さいながらも町。人の目もそれなりにあるというのに、俺ってば今、大変なことになってる?
 商店街の中央にある申し訳程度の広場。通行人たちの顔は、怪訝そうで、不安そうで……あ、子供が泣き出した。 そりゃあ、そうだよなぁ。
 広場の中央にいるのは俺……と、常軌を逸した食人鬼の方が約一名。ちなみに変容中なんで、顔がちょっと、こう……
 逃げ出したのを追いかけたはいいが、正直俺、こいつとやりあえるほど強くない。下手すると、いや、下手をしなくても末路は餌食?
 案外、深追いはせず、そのままにしておいた方が良かったのかもな。奴もあの状態のままで町に下りて来ようとはしなかっただろうから。こういう方向に事態が発展するなんてことは、なかった……はず。
 だいたいなんで結界が破られるんだよ。絶対張り方に問題があっただろ。でも、見張っていたのは俺で、たとえ結界に不備があったとしても逃しちまったのは俺。
 正論―― ? そんなものあいつらに通用するはずがないだろ。やらかしたのは俺。経緯がどうだろうと結果が全て。あいつらには充分すぎるほどの理由だ。
「まったく」
 このままでいくと俺が食われて、多数の目撃者から話が広まって、一族の存在が日本中、いや世界中に広まって……
 やべ、最悪じゃねーか。被害甚大どころの話じゃねぇ……
「どうするよ」
 相手との間合いを取りながら、なけなしの思考をフルに回転させた。
 何かいい案、出てきやがれ、この!
 やけっぱちで凄んだ。その時、
 シャンッ、と。
 どこかで聞いたことのある音が鳴った。
 それが鈴の音だと気付いた瞬間、
―― 来る ――
 考えるよりも先に “ 感じた ” 。
 少し離れた地面に、直径三メートルほどの、薄いオブラートみたいな膜が浮かんで出たかと思うと、光と風を撒き散らしながら、そいつらが姿をあらわす。
 両脇に控えるのは巫女装束の女二人。膝をつき、双方手に鈴を携えている。
 そして三人目、シンメトリーの中央に立つのは、肩をあらわにする白のワンピース、首にはラヴェンダーのスカーフを巻き、つば広の帽子を飛ばされぬよう軽く指でつまんでいる、 “ どこの南プロヴァンス帰りだ ” 、とでも言いたくなるような、長い髪の女。
「誰?」
 正気に戻りつつあるのか、異形の食人鬼が言葉を発したので、
「うちの姉ちゃん」
 と答えておいた。
 微妙な反応をされたが、深くは考えない。
 考えたら負けだ……
 で、姉ちゃんが笑った。
 本人的には “ にっこり ” 。でも、俺としては “ ニヤり ” としか形容できない、その腹に一物抱えた《 笑み 》 を受けて、周囲に人だかりをなしていた野次馬たちが一斉に倒れた。
「記憶の処理はしておいたから。後は自分でなんとかなさいね」
「え? なんとかって、ちょっと!」
 待って、これだけ? ねえ、ちょっと、これだけ?
 食い下がろうと試みるも、お構い無しに振られた右手に阻まれる。
 出された指示を忠実に受け、再び、シャンッ、と。
 控えの女たちが鈴を鳴らし、三人は消えた。
「どうしろって、これ……」
 残されたのは俺と、ちょっと正気を取り戻しつつある食人鬼の方、一名。
 少し離れたところで悲鳴が上がった。続けざまに動揺を隠せないでいる男の声も上がった。無関係の住民たちが続々と異変に気付き始めたようだ。
 そりゃあ、まあ、これだけ大勢が倒れていればさ……
 騒ぎは収まるどころか、更に大きくなる気配を見せており、途方に暮れるのは俺と、どうやら正気に戻ったらしい彼女。
「何の解決もしてないじゃない」
「ですよねー」
 分かり合ってどうする。


 後日、謹慎を言い渡されると共に放り込まれた独房で、件の騒動が謎の異臭事件として捜査されていることを知る。
 多分迷宮入りだから、それ。



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