夏の前奏曲 〜プレリュード〜 1
今年の梅雨は長い。
そもそも入り方からしていけなかった。降ったり止んだりのぐずついた天気が続いたかと思うと、春の名残を惜しむ間もなく梅雨入りが宣言された。例年に比べると十日近くも早いとのこと。
異常気象だの環境破壊だの地球滅亡だの、子供たちは何かと物騒な話題を好むから、あちこちで聞きかじってきたネタを元に好き勝手なことを言い騒いでくれ る。好奇心旺盛はけっこうなことだが、それにいきすぎがあってもまたいけない。無責任に盛り上がる一団をよそに、一番年下の葉月はありあまる想像力をいか んなく発揮して、頭の中に最悪の結末を描いてしまったらしい。
遅からず、恐怖に凍る蒼白の顔は、大粒の涙でぐしゃぐしゃに歪むのだろう。
だから、颯斗は言ったのだ。
「入りが早けりゃ、あけるのも早いんじゃねーの?」
夕食後の遊戯室。ここが集団生活の場である以上、第一に求められるのは秩序だった。就寝前という時間帯からも下手な混乱は好ましくない。
ほんの数ヶ月前まで、颯斗も同じ無責任集団の一員にいた。馬鹿を言って大声で笑う、それが許される立場に颯斗はいたのだ。けれど、今の彼は違う。颯斗は今年の春から中学生になった。
微妙につきまとうのは疎外感か。そして、さしたる自覚も無いままに背負わされた年少者への責任。
高嶺ならどうするのだろう……と、颯斗は思った。
橘高嶺(たちばなたかね)は十五歳。三つ年上で、颯斗とは入れ替わりに中学を卒業していった。自分よりも年長のしかも男の子となれば高嶺がいちばん近い。たから、颯斗は高嶺を兄のように慕い育った。
今年の三月までは、颯斗の役目は高嶺が担っていた。子供たちのまとめ役に求められるのは良い理解者であること、ただそれだけにつきる。
難しいことではない。彼らの気持なら誰よりもよく知っているのだ。たとえ“中学生”というカテゴリーに押し上げられようと、高嶺が高嶺の延長でしかなかったように、颯斗は颯斗でしかないのだから。
けれど……けれど、なのである。知っているからこそ厄介なのだ……と思う。
薄っぺらの正論なんて興醒めにしかならない。
無責任組はあくまで無責任にはしゃぎたいのだ。一体感という高揚感が、ただただ楽しくてしかたがない。ただ、それだけなのだ。わかっている。わかってはいるのだけれど……年長者の位置で子供たちを見る時、おびえる者を置き去りにして無責任ではいられなくなった。
高嶺がそうだったから。
高嶺は、颯斗とふたり馬鹿を演じながらも、きちんとまわりにも気を配っていたように思う。だから、颯斗は安心して馬鹿に徹することができたのだ。
今度は颯斗がそれをする番だった。