夏の前奏曲 〜プレリュード〜 3
言うほうも言うほうだが、許すほうも許すほうである。
颯斗は今でも里の大人たちの決断に理解を示すことができないでいる。ただ、朱音に言わせるとそれは、「無謀な行いを止めてくれなかったことへの逆恨みにも等しい感情」、になるのだそうだ。
以来颯斗はどうもおかしい。心は沈んでいるのに何やらふわふわしていて落ち着かない。
さみしいのだろう と、素直に認めてみても、そう簡単に達観の域になど至れるはずもなく、ただ、手詰まり感が増すばかだった。
ため息がひとつ。
その様子に何を思ったのか、朱音が言った。
「大丈夫よ。誰もあんたのにわか天気予報なんて信じちゃいないんだから」
ああ……と、颯斗は天をあおいだ。
まったく、痛いところをついてくれる。
「なにを小さなことにこだわっているんだか。案外小心者なのね。そりゃあ、預言者にでもなろうっていうなら才能云々の問題もあるでしょうけど」
この場合問題となるのは、預言者の才能ではなくリーダーとしての才覚なのだが。
「だったら、今年はいつもより早く夏が来るんだね」
そう無邪気な声をあげ喜んでくれたのは潮だったか八千代だったか。
不用意なひと言が、痛い。
日一日と雨の日が長引くにつれ、子供たちの自分を見る目が厳しくなっていくように思えるのは、果たして、本当に気のせいだろうか ?
高嶺ならもっとうまくやったのだろう。
もう、誰も颯斗の言葉になど耳を貸さないかもしれない。
「考えすぎ」
颯斗の思考を読み取ったかのように朱音がぴしゃりと言った。
「あんた、本当にスランプなのね」
心なしか朱音の声が柔らかくなったように思える。
「俺、沖縄に逃げたい……」
颯斗は内心を吐露した。
一足先にこの鬱陶しい雨地獄から抜け出しているあのコバルトブルーの楽園に行きたい。
「アンタ、沖縄に夢見すぎ。暑さと湿気で三日と持たないわよ」
「じゃあ北海道でもいい」
「北海道にも梅雨らしきものがあるって話を聞くけど? あれ、本当かしらね?」
「姉ちゃん、俺になんか恨みでもある?」
「そうそう颯斗。あんた先月借りた本の返却がまだみたいだけど、早く返しなさいよね。下の子たちに示しがつかないでしょう」
絶句
この姉になぐさめを期待する方が馬鹿なのだと今更ながらに気付いた颯斗である。
「なんて、あんまりいじめても可哀想だから、ひとつだけいいこと教えてあげる」
朱音は貸し出しノートを所定の位置に戻すと、力なくテーブルに突っ伏す颯斗にむけて言った。
むろん、今の今であるから颯斗の反応は思わしくない。しかし、
「今度新しい子が入るみたい。しかも、あんたと同い年の」
そうと聞いて無反応でいられようか。
「男? 女?」
「さあ。そこまでは知らない。でも、名前は早智っていうみたい。青桐早智」
青桐早智
ひらひらと手をふって朱音が去った後、再び独りきりとなった図書室で颯斗は幾度となくその名を思い浮かべてみた。
サチ、アオギリ、サチ。
女だろう、普通……でも、……
ここ花守に伝わる伽羅の昔語りには、“サチ”と呼ばれる戦神が登場する。雷を操り疾風と共に天を駆けたとされる“男神”の名だ。
サチ……
とくん、と。颯斗は胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
同い年の、しかも男の子。すると、どうなるだろう ?
共に寝起きし、食べ、遊ぶ。高嶺よりも濃密な関係。なんといっても“同い年”なのだから。
俄然面白くなってきた。
颯斗は勢いよく立ち上がると、詳細をたずねるべく薄暗い廊下に駆け出していった。