青の記憶 T




【序】

 それは青色の記憶。空と海のはざまで見た。
 風が、各々の髪を揺らす。
 切立った崖の上に立ち、沈黙のままに時を過ごした。
 青い空に映る横顔は、象牙細工にも似ていて、端正な造りに見る眼差しは、どこか遠くを見つめている。
 何を思っているのか。
 誰を思っているのか……
 傍らに立つ者にすら、容易にはその先を追わせてくれない。
 同じ空を見ているはずなのに。
 同じ海を見ているはずなのに。
 ふいに得体の知れない不安に襲われ、名を呼び縋りつきたい衝動に駆られるのだけれど、何故だか体を動かすことができないでいる。
 ようやくの思いで隣に立つ母親のスカートを掴むと、全てを察しているかに思える彼女の指がやさしく下りてきて、ゆっくりと幼い娘の髪を梳いてくれるのだった。
 しかし、その彼女もまた、遠くを見ている。
 母の見ているものが彼の見ているものと同じなのかどうか、残念ながらそれを知る術を幼い娘はまだ持たない。
 ただじっと、息を殺すようにして事の成り行きを見守るしかできないでいる。
 花が、風に揺れていた。
 ここに来てすぐ、母親に促されるままに少女が置いた青い薔薇の花束。
 誰かの弔いなのだろうと思った。小さな墓石の向こうに眠るのは、母親と彼と、二人の記憶に住むのであろう誰か。
 少女の知らない誰か……
 だからそれは青い記憶。
 視線の先にあるのは空と海。そしてどこか遠くを見つめている彼の瞳。
 青い、瞳。
 覚えているのはそう……
 どこまでもそう……

 青の記憶。



◇ BACK ◇ INDEXNEXT

◇ TOP ◇


inserted by FC2 system