青の記憶 X



 フローラは、セシリーの母親は……
 覚えているのは窓辺に座る姿。午睡から覚めると、よく庭に面した出窓から、どこか遠くを見つめていた。白い横顔。陽の光にはえるブロンドは、娘の身にも受け継がれているそれ。
    母様はローと結婚すればいいのに。私、ローが父様になってくれるのなら嬉しい    
 明るい菫色の瞳が、幼子の戯言を優しく包んで溶かす。そんな柔らかな笑みを向けられてしまうと、もうこれ以上は何も言えなくなってしまう。
    私は今のままで充分なの。これ以上は望まないわ。ただ、待っていられればいいのよ。ここはあの人にとってとても大切な場所だから。だから、いつでも帰ってこられるように守る、それが私にできるたったひとつのこと    
 悲しい顔を見なかった訳ではない。物分りのいい言葉を返す彼女を歯がゆく思ったこともある。
 けれど、けれど……
    私はたくさんのものを手に入れたの。だから、たとえその中に一番ほしいものが入っていなくても大丈夫。誰も皆、全てを手に入れることができるわけじゃないのよ。あの人ですら、そう……それは指の間から零れ落ちるようにして、どこかへいってしまった……    
「あなたに何が判るっていうの?」
 大切にしていたものを踏みにじられたような気がして、セシリーは語気を強めた。
「お前の父親はあいつか?」
 しかし、エドワードは相手の怒気をかわすかのように、新たな質問を投げて寄こした。
「同じ髪の色、同じ色の青い目」
「……」
 それは    
 思考が拒絶反応を起こしているのか、言葉をつなげないでいる。怒りなのか悲しみなのか、形容し難い感情が沸き起こり、セシリーの声を体の奥底に押し込めてしまう。
「何をしている」
 車止めへと続く潅木の茂みからグレイが姿を見せた。
先に動いたのはエドワードの方で、すれ違いざまに茶封筒を放ると、
「例の件の書類だ。これさえ通ればアーバンの土地はランスワースに戻る。切れ者だな、あんた。正直こいつに関しては少し難しいと思っていたよ」
 そう言って軽く右手を挙げると、その場を後にした。
「どうして? どうして私が否定されなければいけないの? 私が選んだことじゃない。それを、どうして」
 何か熱いものがはじけ、渦巻いていた感情が堰を切ったかのようにこみ上げてくる。止め置く術を知らず、セシリーは強く頭を振りながら言い放った。
「何があったかは知らんが落ち着くことだ」
「でも!」
「ランスワースを継ごうという者が、些細な諍い程度に動揺してどうなる」
 グレイは鋏を取ってくると、薔薇の花を数本切り取りセシリーに渡した。
「持って行ってやれ。しばらくは出て来ないつもりだろう」
 ビロードにも似た真紅の薔薇は、どこか頽廃美すら漂わせて、柔らかな蕾を開かせようとしている。
「この花を作ったのは“彼女”?」
「そうだ。地下にある“あれ”のプロトタイプさ。香りはこちらの方がいいかな」
 甘く、気だるげな匂い。胸に落ちたそれは、かすかな痛みを伴い体中に染み渡ってゆくかに思われた。
 かつてはフローラの手により守られていた花園。
 自らが多くを語ることはないが、グレイはきっと、“彼女”の方に何かしらのつながりを持っていた人なのだろう。
 様々な思いを抱いた者たちがこの場所に集い、誰もが皆、その人の残したものを守り続けている……




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