青の記憶 Y




「少し休憩してお茶にでもしない? あまり根をつめては体に毒よ」
 古城の奥深く、秘密裏に設けられた石段を降りると、セシリーはバスケットと共に持って来た薔薇の花を花瓶に移し、手早く茶器の準備に取り掛かった。
 周囲に古文書を配した地下室の中央。ローはひとり座り込み、大量の紙を床に散らして、持参したモバイルコンピューターの画面に見入っている。元来几帳面なはずだが、何かに没頭している時の彼は、時にそれとは真逆な姿を見せることもある。
 部屋の隅にまで散っていた紙を拾うと、セシリーは改めてその紙面に視線を落とした。何やら複雑な図形とも文字とも判別のつかないものが、勢いに任せたまま殴り書きにしてある。残念ながら彼女にそれを読み解く術はなく、溜息と共に数枚を束ねると、痛まないように机の上に置きなおした。
「何か問題がありそうなの?」
 ローの横に膝をつき、紅茶の入ったカップと焼き菓子を乗せた皿を並べる。
「いくらか手直しが必要になるかな。気象条件の定義に修正を加えなければならないようだ。しかし、構文を組みなおすには少しデータが足りないし……さて、どういうふうに事を運ぶか」
 思考の中断を惜しむかのように、彼の視線は未だ画面に注がれたままだ。
「グレイはあなたたちのことを魔法使いって呼ぶけど、でも、こうして聞いていると、どれもこれも皆、現実的な話ばかりなのね」
「世界の仕組みなんて、紐解いてしまえば元にあるものは同じさ。ただ、アプローチの方法が違うから、場合によってはそれが魔法のように見えることもあるのだろう」
 長い指が降りてきてカップを絡め取る。セシリーは膝を抱き寄せ、しばらくの間その横顔を見ていた。
「学校の方はどうだ。うまくやれているか?」
「悪くないわ。個性的っていう評価をもらうことが多いのも事実だけど」
 多くを語らずとも理解したらしいローが、「仕方が無いな」、と苦笑まじりに言う。
「進学はどうするつもりだ? おまえがしたいようにすればいいが」
「私がなりたいのはランスワースの“女主人”よ。そのために必要なことならなんでもする。でも、そうでないならグレイと一緒にこの城を守ることを選ぶわ」
 ここは他に比べていくらか騒がしい土地だから。
 だから、代々グリースフィールドの統治者に求められていたのは、それを制御する力、言わば資質を持つか否かにあったと言っても過言ではない。昔の人は経験的に知っていたのだ。たとえば、セシリーがグリースフィールドを離れて、はるか遠方にあるミューズの学院で学んでいる理由も、それは古来よりの仕来りとして、代々ランスワースに伝えられてきたものだった。ミューズの光、そして水や風が、セシリーに流れるシャーマンの血を、より確かなものとして育んでくれる。
 力を得なければ、この地を押さえることはできない。言い伝えを軽んじ、持たざる者に成り下がったが故に、かつてのランスワースは悲劇に見舞われる結果に至ったのだ。
 没落のはじまりは数代前に遡るが、決定的な崩壊はセシリーの祖父母の頃にあり、彼らは先祖代々受け継いできた土地を追われるようにして後にしている。流転の間に何があったのかは知らない。ただ、数年のうちに相次いで二親を亡くしたフローラは、やがてローと“彼女”に出会うことになる。
 彼らが、フローラにこの土地を取り戻してくれた。




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