青の記憶 Z
セシリーの手が何か硬いものに触れる。それは、手のひらに収まるほどの大きさをした銀色の三角錐だった。鈍く光る胴体を切れ目にそって回すと、わずかな振動があって、天井にあざやかな映像が映し出された。
一見すると天球図にも似たそれ。青色の空間を、銀色の点と線が縦横無尽に駆け巡っている。
「綺麗ね。誰もこれを見て“魔方陣”の設計図だなんて思わないでしょう」
しばし見つめた後、セシリーが言う。
“彼女”が礎を築いたもの。誰よりも多く、この世界の不思議を操ることができたという大魔法使い。
「ねえ、どちらが先? 母様と出会って、その出自を調べているうちに、ここがあなたたちの計画に適している土地だとわかったの? それとも、この土地のことを調べているうちに母様の存在にたどり着いたの?」
「前者だ」
彼はよどみなく答えた。
セシリーは立ち上がり、ゆっくりと部屋の奥へ足を進める。
居室の体裁をとっているのはごく一部だけで、本棚の向こう側に設けられた隠し扉を抜けると、天然の鍾乳石が剥きだしたままの空間が広がっている。
ベランダ状のせり出しから見る階下。淡く、発光ダイオードに照らされた一帯には、所々群れるように、散らばるようにして、青い色をした薔薇が咲き乱れている。
この距離ではわかりにくいのだが、あれの枝葉は銀色をしている。青と銀で出来たまるで飾り細工のように繊細な薔薇。
花は土を必要としないのだという。土だけではない、光ですら極少量があれば足りるよう改良が施されている。根を下ろしているのは無数のパーツが配されたパネル状の床で、まるでイスラムやスペインのタイルアートのように、緻密で精巧なデザインが施されている。先に見た天球図らしきものを、実際の形として再現したのがこれにあたる。彼らが“魔方陣”と呼んでいるそれは、一体の“装置”でもあり、非現実的な外観に反して気の遠くなるようなテクノロジーの結晶だった。
たとえば憎しみであったり悲しみであったり。
この地球上を満たしている負のエネルギーは、既に世界を歪めてしまうほどの域に達しているから。
だから、早急に正常化の必要に迫られている。
セシリーたちの地球と、ローたちの地球。双子のように寄り添い、着かず離れずして成るふたつの世界。
先に異変を察したのは、向こう側にいる人々だった。
この空間ははるか昔からグリースフィールドの聖地とされてきたところ。シャーマンたちの能力、呪術の力を最大限にまで増幅させる、良質な気脈に恵まれたところ。
ランスワースを継ぐ者。グリースフィールドを継ぐ者。
セシリーは再びその地位に着かなければならない。
彼の力になるためにも。
彼のそばにいるためにも……
花を愛でた人はもういない。
青色の薔薇は、この世を浸す哀しみを汲み上げ、その身の中で浄化させている。
微かに響く装置の駆動音とともに、維管束を流れる植物の脈動を聞いたような気がした。
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