目覚めよと呼ぶ声あり V 

 ミージアの子供は中性……
 男でも女でもなく、尚且つ男にも女にもなれる因子を持って生まれてくる。ある意味両性と言ってもいいのかもしれないが、一応真ん中に位置する状態だから中性ということになっているらしい。(らしい、というのは一応知識としては知っているが、詳しいことはさっぱりだからです。念のため)
 通常だと十代の半ばまでにどちらか一方が強まり、もうひとつの性は失われてしまうはずなのだけれど、殿下の場合は多分、それがまだなのだ。
「私には半分ハイドランドの血が流れているからね。純粋なミージアとは違い、性別を得るためには分化を促すための薬が必要になるのさ」
「薬ですか? でも、私の手ではどうにもなりませんよ、それ」
 これでも薬事業者の端くれ。ひと通りの知識は持っていたりする。それでも薬の存在自体知らなかったということは、おそらくトップシークレットの扱いがなされているのだろう。上級に属するならいざ知らず、ようやく下級の名をいただいたばかりの見習い上がりにはどうすることもできない。
 ただ、決して悪い話ではないと思った旨を殿下に告げたところ、
「つれないねぇ、ナディアは」
 苦笑まじりに言われてしまった。
 つれるとか、つれないとか、そういう問題なのでしょうか、これって。
「でもお父様のご判断は間違っていないと思いますよ、私」
「そうかい?」
 殿下はご不満のご様子だった。
「ええ」
 だから尚更きっぱりと返しておく。
「だって、どう見ても殿下は政治向きじゃないでしょう? ならばいっそのことお妃にでもなられて、お兄さまの後宮に花を添えられた方が幸せじゃありません? 幸いこの国は異母兄妹の結婚を認めているのだし。お兄様はお父様ほどではないにしろ良い統治者になられると思いますよ。ハイドランドは当分の間安泰でございます」
 殿下とのお付き合いはもうじきニ年になるのだけど、残念ながら政務からも軍事からも程遠い― 気楽な第二王子 ―の印象しか持てていない。きれいに着飾って庭を駆け回る子供たちを見つめている美しいお妃様、そういったイメージですよ、あなた様って。 ご兄弟にもうひとり王子がおられたら、お父様だって殿下を男として育てるようなご無体はなさらなかったんじゃないでしょうか?
それが不幸っちゃ不幸ですよね、殿下。
「でも、今更女になれと言われてもねぇ」
「そのあたりのことは、まあ……私も今男になれと言われたら戸惑うでしょうから、「部分的にはわかりますよ」、とだけさせていただこうかと思います」
「だいたい似合わないと思うんだ。父上にしては浅はかな判断をされたとでも言うか、ガラじゃないだろう? 私が女なんて」
 いや……それはどうでしょう?
「私みたいな者が鑑賞させていただくには充分なんですけど、配偶者とかそういう立場になられた方は、色々複雑に思われるんじゃないでしょうかね? 自分より綺麗な男って、自分より綺麗な女以上に厄介ですよ。私なら御免です」
 そういう意味でも女性になられた方が波風立たないですよ……
と地味顔女の一意見を述べさせていただいたわけだけれど、殿下は少し考え込まれたようだ。
 まあ存分に考えて下さいな。一生のことですし。流されて人に決められたことと、不本意ながら自分で決断を下したのとでは、後々大きな違いにもなりかねませんから。
 とりあえず、逃亡の決意をなさった経緯は、おぼろげながらだけど理解することができた。その分すっきりしたといえばすっきりしたのけど、だからといって殿下のご意向に添えるかというと、それはそれ、これはこれ、まったくの別問題なのであって……
「逃げてどうされるおつもりなんですか? ハイドランドは比較的治安がいい国ですけど、近隣諸国ではそうもいきませんよ。だいたいどこかに身を寄せるあてとかお持ちなんですか?」
 目の前にポーレの実がぶら下がっていたので、すかさずもぎ取り袋に納めた。味はいまいちだが水分もあり栄養価も高い。そろそろ休憩を入れなくてはと思う。私は薬草採取やらなんやらでこのあたりはまだ庭のようなものだけど、殿下の足も侍女の人の足もいい加減疲れが出て来る頃だろう。
「あてはない。だけど、母上のお国に行ってみようかと思っている。最後に一度だけでもと帰りたがっておられたからね。今の時期はサージュの花が綺麗だそうだよ。母上はその花の匂いを大層気に入っておられて、どうにか手元に置けないものかと苦心されたが、この国では土壌が合わないのか上手く育たなくてね。手持ちの宝石類を売ればいくらかにはなるだろうし、それで土地でも買って畑を耕しながら暮らしていければ……私は充分だよ」
 充分って、殿下……

 もういい。
 ここで休憩にしちゃいましょう、殿下。
 今ので思い切りずっこけましたよ、私。

 えーっと、ですね、殿下。まずそういうお考え自体が甘いというか世間知らずというか、残念ながら殿下はやはり宮殿の中に生きるお方だと思うのです。市井に紛れて生活しようなんてこと、所詮は無理な話、夢物語の絵空事。
 ミージアはもう無いのですね。流石にこれはご存知のことと思われます。五年ほど前に滅ぼされてしまいましたから。
 今は攻め滅ぼした側の国インダストリアの統治下にあります。王族の方々はさくっと処刑されたと伝え聞きますが、まあ、あのインダストリア王が後の禍根を残すとも思いませんから想定の範囲内です。というわけで、殿下のお身内は誰一人としてご存命ではありません。
 そしてこちらはあまり考えたくないのですが、殿下ってもしかしたらミージアの王位継承権をお持ちじゃないですか? インダストリアは今勢いに乗ってやりたい放題ですけど、その分恨みも買っているので敵も数多といるわけです。そういう輩からすれば殿下の存在は絶好の手駒。当然、インダストリアにとっては目の上のたんこぶ。
 そ・こ・に・ですよ、あなた、そんないかにも亡国王家に繋がる者です、みたいな顔の殿下が姿を現されたりしたらどうなると思います? 少しは考えてみてください。
 その顔で平穏に農民暮らしができると思っている時点でね、もう……
「殿下、悪いことは言いません。ハイドランドから出ようだなんて考え、この先の沼に投げ捨ててしまって下さい」
 いろいろともうね……絶句。




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