Chapter.4-5
「この際です。いっそのこと契約を交わし、その後のうろたえようを見るのも一興かとは思いましたが」
 チラリ、視線を向け口の端を上げる。
 自分のことを言われているのはわかっていたが、けれど向こうの手の内が見えない以上は動きようが無い。ミニチアーニは歯噛みのまま両の拳を握り締めた。
「その様子だと上手くいったか」
「はい。手間取りはしましたが、一応」
 余裕である。
「あのすかしっぷりが気に食わんのよの」
 鼻先で笑うかにしたのはハーゲン。元より三人対一人で争うことの多かった彼ら四人だったが、その関係は控えめに言って険悪。
 ひと回り以上年若の上、頭脳明晰で見た目も申し分ない、正に貴公子然としたステファーノの存在に、全てにおいて劣る三人はコンプレックスを炸裂させ、対するステファーノの方も、わかっていて劣等感を煽るものだから、波風は双方向から押し寄せ荒れ狂うというていたらく。加えて前大公は天然。生まれ持っての天然。空気を読むとか、仲を取り持つとか、そういうことは一切しない。まったくもってしない。
「よもや、胃がいくつあっても足りないような状況に陥ろうとは……無事に退官まで勤め上げましたこと、我ながら幸いでございました」
 かつての側近であった、エミーリオの伯父はかくの如く語る。
「それで? いったいどうしたと言うのだ。姫君も姫君ですぞ。ご自身のご婚約をなんと心得られる」
 どうやら一件にはヴァレンティーナも一枚噛んでいるらしい。そう思うとやおら不安が込み上げ、業を煮やしたミニチアーニが問うた。
「この際である。膿み出しをしようと思ってな」
「膿み出し?」
 公女の言葉を受け、ステファーノが右腕を上げる。暗がりから現れた数人を、いぶかしむかのように見ていたミニチアーニだったが、その中の意外な人物に目を留め、思わず息を飲んだ。
 シアメーセ……!
 篝火に浮ぶ白い顔。男手に抱きかかえられ、苦悶を滲ませながらも、キッ、と。気丈にも自らを葬ろうとした男を睨め据えて来た。
 鬼のような形相   混じり気の無い憎悪がオーラとなって揺らぐ   そんな幻想に心臓を鷲掴みにされ、ミニチアーニは自らの悪事が露見しているのを悟った。
 彼女が語っていないはずはない。彼は彼女を裏切り、彼女はそんな彼を断じて許しはしないだろうから……
 ミニチアーニは知らぬことだが、シアメーセの横に立っているのは、かつてヴァレンティーナとバルダサーレが助けた行き倒れの男である。
「捕らわれていた者たちも全て保護いたしました」
「よくした」
 シアメーセはなおもミニチアーニを見据えている。自然、一堂の目は彼に集まる。
「……っ」
 パチリ。
 音を立て、篝火がはぜた。
「ああ、したとも」
 震える声が言った。
「確かにワシが埋蔵金の山を開いた」
 意を決してのことではない。そうするだけの時間もなかった。ミニチアーニの胸中を代弁するなら、正に開き直りとでもしてしまうのが一番近いであろう。
「だがしかし!」
 憤怒に顔を赤らめた外相は言を強める。
「中身は空じゃ! 財宝などただの一欠けらも無かったわ! かわりにあったものと言えばこれだ。よく見やれ。そしてどういうことかご説明いただこう!」
 差し出されたのはひと房の帽子飾り。突きつけられる形となったヴァレンティーナは、それを手に取り、しばし懐かしそうに眺めた。
「この飾り紐は母上御自らが編まれたものだ。父上もどこで無くしたかはわかっておられたが、容易に立ち入ることができる場所では無いゆえ、諦めるほかないと語っておられた」
 思い出の品をそっと握り締める。
「お父上様はシシリアの山を開かれたと言われまするか」
 困惑のデブレティスが問う。ハーゲンは未だ言葉にならずといった面持ちで絶句している。
「そうだ。四代大公によって封じたとされる亡国イスクィアの遺産、それがごっそり丸ごと、きれいさっぱり無くなっておったわ!」
 ダンッ、と。憤り、感情を持て余したミニチアーニが右足で床を踏み叩いた。  まだ、かつてこの地にパルバルディアもコーラールも無かった頃、平原と高原の双方を支配したとされる大国、その名をイスクィアという。火の山スートの咆哮を受け、一夜にして地表から消えた王都イズガァルの物語は、王国が滅した後、数百年続いた戦乱の時代を経てもなお、色あせることなく語り継がれている。
 イスクィアの遺産。王家の財宝は、当然のこと王都消失時に失われたものと思われていたが、多くは奇跡的に難を逃れ、秘密裏に管理を任されていた第二王家のカシュタータ家と共に動乱の世を渡った。
 それがロレンシアにもたらされたのは、四代目大公の治世である。
 ロヴィアーノ=ロレンシア公国、第四代大公、ジルドレオ・ロヴィアーノ=ロレンシア。彼の妃ルクレツィアはカシュタータ家最後の生き残りであり、イスクィアの遺産は、彼女の意思により夫ジルドレオの所有とされた。
 戯れ歌はいう。”その財を持ってすれば、世界を手に入れることも容易いであろう”、と。
 カシュタータは乱世を知るが故に沈黙を貫き、本来なら財は、ルクレツィアの死と共に歴史の合間にうずもれるはずであった。
 彼女が何を思い、夫君に一族の秘密を託したかは知れない。けれど、結果としてイスクィアの遺産が日の目を見ることはなかった。
 金山の発見である。
 ジルドレオの時代はロレンシアにとって大転機となった時代。金の産出があるだけで国は十分に潤う。大公は妃からの贈り物を地中奥深くに封じさせた。
「金が無尽蔵でないのは端からわかっていたこと。いずれ来るであろう枯渇の日を見越して、国民が飢えることのないよう   ロレンシアが新たな産業を見出すまでの命綱として蓄えられていたもの。お父上は、前大公は、いったいそれをどうされたと言われるのか」
「元は大公家と我が宰相家にのみ伝えることが許されていた秘密。それを臣の三家にまでと詰め寄ったのはそなたの祖父であったな。蓄えを当てにして打開策ひとつ立てず、おかげでロレンシアの復興は未だ闇の中だ」
 ステファーノが剣をはらませて笑う。彼は宰相として十分に有能であったが、あまり政務には向かない前大公と、何かと反抗心旺盛な政敵たちを相手に、十分といえるほどの手腕をふるえなかったのが事実。
   いっそのことお前の父親に乗っ取られでもしていた方が、この国の未来は明るかったかもしれぬな   
 かつて、彼の息子に対してヴァレンティーナがこぼした言葉である。
「うるさいっ」
 噛み付かんばかりの勢いでミニチアーニが切って返した。
「さあ、お答えいただこう! あそこにあったものをいかがなされた! よもや知らぬとは言われますまい!」
 そのまま振り返るとヴァレンティーナに詰め寄る。
「まあ、一言で言えば”使った”のだな」
「使った!?」
「対価として与えられたと言った方がわかりやすいか」
「なんと」
「して、前大公は何をお買い求めになられました。あれだけの財、使おうとして使えるものではございませぬぞ」
 ハーゲン、デブレティスが続けざまに聞く。
 対価として与えたというからには、相応の見返りを得てのことに違いない。一体前大公は何を思ってそのような暴挙に出たというのか。


 あの時のことは覚えているようでいて覚えていない。いや、覚えていないようでいて、覚えているのか。
 父大公が一人の男を伴い寝室に現れた。
 医師の見立てではもって数日。天命は言葉通り、はかなくも潰えようとしている。

   待っておれ。死なせはせぬ。この父が、何に変えてもそなたを助けてみせようぞ   

「我が命」
 ヴァレンティーナは言った。
「父大公は、あの日死ぬはずであった私の命を買い求められたのだ」

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