Chapter.1-3
 応募総数は数え上げること百と八。どこかの国でいう煩悩の数に等しいそうだが、まったくの偶然であり、あまり深い意味もなかったりする。
「数だけあっても仕方ないわ。取りあえず使えそうなやつに絞ると十五名程度か」
 資料を読み終えたヴァレンティーナが、不機嫌を隠さない声で言った。反応は良好だが、内容を吟味すると喜んでばかりはいられない状況とも言える。
「このあたりも次第によっては化けるかもしれんぞ。今の段階で切り捨ててしまうには惜しいだろう」
 差し出された書類に再度目を通すと、特に異を唱えることもなく可決の束に加えた。
「それで? この後はどうする。身辺を調査でもさせるか?」
 指示を請うコンラードに「いや」と頭を振って答え、
「それはもう少し絞り込んでからでいい。まずは城に招いてみることにしよう。実物を見てみないことにはなんとも言えんからな」
「費用が馬鹿にならんことになるが」
「かまわん。どのみち後で婿殿に総額払ってもらえば済むことだ」
 ヴァレンティーナは意味深に笑んだ。たおやかに花が綻ぶかのような笑みだが、過分に毒を含んでいることも否定はできない。
「その程度が出来ぬような男なら、最初から選んだりなどせぬ。そうであろう? コンラード」


 時は過ぎ、ロレンシアの短い夏が去り、秋の風が色濃く感じられるようになる頃、ヴァレンティーナに招かれた婿君候補二十名と、その従者からなる一団が、ロレンシア城を訪れていた。
 次期女大公として立つヴァレンティーナの婿選びである。城内は当然のこと、街も華やかな雰囲気にあふれ、周囲の木々共々彩の季節を謳歌している。
「どうやら選考基準に“顔”の項目は無かったらしいな」
「そりゃぁ、三度も“没”を食らうはめになるわけじゃ」
「若い娘好みの色男で取り揃えましたからなぁ……」
 サロンの一角から男たちを吟味しつつ、ハーゲン、デブレティス、ミニチアーニの三大臣が言葉を交していた。
「フリーゼリのような男を傍に置いている以上、当然のこと面食いかと思うておりましたが……」
「あの性格じゃからのぉ……事実ゲテモノ嗜好だったとして、今ならワシは納得できるぞ」
「案外そうかもしれぬな。あれの母親は大層美しかったが、父親はお世辞にも……いや、しかし、待て」
 デブレティスとミニチアーニがゲテモノ嗜好で納得しようとしたところに、ハーゲンが疑問符を打った。
「アレとアレと、そしてアレあたりは、かなりのランクに属するのではないか?」
 かなりのランクは、この場合顔のことを指しているらしい。
「おお、これは見目麗しい。一体どこの貴公子じゃ?」
「こうなって来ると、まったくもって選考基準が見えませぬなぁ」
「よもや、基準は顔でないと見せかけておいて、最終的にはあの美丈夫の中から選ぶつもりではないか? そのくらい平気でやりおるぞ、あの女は」
 間違いなくやるだろう。あの女、ヴァレンティーナ・ロヴィアーノ=ロレンシアは。
 しかし、そこにどんな理由があるかについては……
「嫌がらせだろう」
「それしかないな」
「ワシらに対してか?」
 三大臣共、全く読めていないどころか、勘違い甚だしいところで迷走していた。


 歓迎の宴は三日三晩に渡り催され、「翌朝、公女からのお言葉がある」、という通達を最後に散開となった。
 自室に戻ったヴァレンティーナは、軽食を用意させると共に、その日滞っていた書類の束に視線を走らせていた。
「相変わらず爺共の仕事は粗いな。後日補佐官を呼べ。少々指示を出しておく必要がある」
「全員か?」
「今回は全員だ。婿選びに注視するあまり、自分らの仕事を疎かにされては困るからな。これはあくまで私個人の問題であり、今のところ国の運営には関わりがないはずだ」
 父大公はどうあってもヴァレンティーナを跡継ぎにするつもりでいたらしい。妃を早くに亡くし、次の子を望めないならそれ以外に手立てがなかったからなのだが、幸い娘は生まれ持った素質にも助けられ、病弱の一点を除いてはまずまずの成長ぶりを見せていた。コンラードもまた、早くから女大公の共同統治者になるべく徹底した教育を施されている。大公の死は急だったが、ロレンシアは療養中の宰相に古狸の三翁を交え、どうにかこうにかその道を過たず一年を送ることができた。
 けれど、次の一年のためには、新たな要素を加えねばならない。
 そうしなければならない理由があった。
「婿殿候補たちの様子はどうだ?」
 ヴァレンティーナが書類から目を上げずに問うと、テーブルの支度を整えていたコンラードが答えた。
「明日になってみないとわからないが、おそらくひとり脱落することになるだろう」
「脱落? 早いな。何かあったか?」
 書類に次が無かったので、流石に興味があるとでもいった具合に、体の向きを変えコンラードからの続きを待った。
「ダンスの時にお前が肘鉄をくらわせた相手だ」
「ああ……あの髭面エロ親父か」
 最初からにやけた顔で近づいてきて、何事かを企んでいるようなのはわかっていたが。
「その際に肋骨を、そして床に倒れ込んだ時に尾骶骨のあたりを損傷したらしい。部屋に引き篭もって治療を受けているが、あれは完治までにしばらく時間がかかるだろうな」
「いきなり人の尻を撫で上げるからだ。婿に決まってからであれば、いくらでも撫で回させてやったものを」
 先走るからいけないのだと言い放ち、治療に時間がかかるようなら城から出すようにとの指示も忘れないで付け加えた。条件的に悪くはない男だったが、わざわざ回復を待ってやるまでの男でもないだろう。
「明日は予定通り行うぞ。ひとり欠けたところで支障は出まい」
 婿選びはこれからが本番。
 ヴァレンティーナは深夜の軽食をとりながら、コンラードとの打ち合わせを続けた。


 翌朝、謁見の間に集められた面々は、ヴァレンティーナから発せられた言葉に我が耳を疑うことになる。
「婿殿候補の方々には、己の力量というものを示していただきたく思う所存。故に、今から並べる伝説の秘宝、どれでも好きなものを選んで、このヴァレンティーナの前に披露してみせられよ」

 伝説の秘宝は、神話時代にまで遡り、伝説として伝えられている秘宝……
 探すとしたら命がけになること必至。まして、実際に存在しているかどうかすら確かではないときている。
 そんなものを持って来いとは、お前、ヴァレンティーナ。

   本当に婿を決める意志はあるのか?!   

 驚愕の面持ちのまま固まる三大臣。
 困惑の表情を浮かべ、次の行動を決めかねている面々をよそに、壇上では黒髪の美しいヴァレンティーナが、矢車草の青と言われる極上の瞳を細め、嫣然と微笑んでいる。


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