Chapter.1-4
表情ひとつ変えることなく書類を読み終えたヴァレンティーナが言う。
「思った以上に厳しいか」
「先の報告より更に短くなったと見るべきだろうな」
咲き乱れる花の情景……職人の粋が凝らされた窓から、まだら雲を透かし零れ落ちてきた秋の陽が降る。
コンラードに午後の茶を用意させ、ひっそりと、もてあまし気味の溜息を噛み殺した。期待などしていないつもりであっても、改めて事実を目の前に突きつけられると、多少なり思うところは出てくるようだ。
「調査のことを知る者は?」
「親父の子飼いが二名ほど」
「断じて外には漏らすな」
判ってはいるだろうが
返答は無かった。けれど、含みのある笑みをそれと受け取り、書類を机の隠し棚に収めた。
深い紅茶の紅と、あざやかに盛られたタルトの赤。甘い匂いが漂う一室で、カップを手にしたままヴァレンティーナは窓辺に立った。馬が二頭、それを操る者と共に城門を出て行く様が見える。
「今の者たちで最後だな」
婿になりたいのならその男気をしかと見せよ
男気など、どう計ればよいのか。それを確かなものとするために、一同が求められたのは伝説の秘宝探し。ある者は言葉を無くし、ある者は露骨に顔を歪め、三大臣は驚愕がたたり顎を外した……
そんなこんなで大騒ぎに陥った午前の大広間だったが、そのままごねていたところで話が動くものではない、そう思う者が多かったのか、ひとり散り、ふたり散り、やがて男たちは自らの決断に従うべく城を出て行った。
「さて、何人が戻るかな?」
こんな馬鹿話に付き合っていられるか、内心そう思う者もいたことだろう。帰らないなら帰らないで良い。当然のことこちらはふるいにかけているのだから……
「また、どこかの本にでも書いてあったことか?」
計画には加担しているが、その発想の出所には心当たりが無い。コンラードが問うとヴァレンティーナは、
「とある国の姫君に、こうして求婚者たちを試した者がいたらしい」
笑ってそう答えた。
石作皇子には仏の御石の鉢、車持皇子には蓬莱の玉の枝(根が銀、茎が金、実が真珠の木の枝)、右大臣阿倍御主人には火鼠の裘(かわごろも)(燃えないとされる布)、大納言大伴御行には龍の首の珠、中納言石上麻呂には燕の産んだ子安貝を…… (※Wikipedhia内「竹取物語」より)
以前は床に伏している日が多かったため、書物なら腐るほど読み漁ってきたヴァレンティーナである。天地創造から庶民の晩御飯まで、かき集めた知識は結構な量を誇っていたりする。
「それで? 結果はどうだったというのだ」
「どうもこうも、姫は男たちを退けるために難題をふっかけたのだから、成功者が出てしまっては話にならないだろう」
結局、誰一人として姫の望むものを持ち帰ることはできなかった。
「けれどこちらは違うぞ。なんとしてでも、宝を持ち帰ってもらわねば困る」
「そう思い通りにいくかな?」
「全滅ということは無いだろうよ。ある程度のことは考慮した上での人選なのだから」
何人帰るかはまた別の話。今ここで問われようとしているのは首謀者側が用意したとあるハードルを越えることができるか否か。
「ともあれ、当分の間この話は棚上げだ。こちらはこちらでせねばならぬことがある。街へ視察に出るぞ。ついて参れ、コンラード」
「思った以上に厳しいか」
「先の報告より更に短くなったと見るべきだろうな」
咲き乱れる花の情景……職人の粋が凝らされた窓から、まだら雲を透かし零れ落ちてきた秋の陽が降る。
コンラードに午後の茶を用意させ、ひっそりと、もてあまし気味の溜息を噛み殺した。期待などしていないつもりであっても、改めて事実を目の前に突きつけられると、多少なり思うところは出てくるようだ。
「調査のことを知る者は?」
「親父の子飼いが二名ほど」
「断じて外には漏らすな」
判ってはいるだろうが
返答は無かった。けれど、含みのある笑みをそれと受け取り、書類を机の隠し棚に収めた。
深い紅茶の紅と、あざやかに盛られたタルトの赤。甘い匂いが漂う一室で、カップを手にしたままヴァレンティーナは窓辺に立った。馬が二頭、それを操る者と共に城門を出て行く様が見える。
「今の者たちで最後だな」
男気など、どう計ればよいのか。それを確かなものとするために、一同が求められたのは伝説の秘宝探し。ある者は言葉を無くし、ある者は露骨に顔を歪め、三大臣は驚愕がたたり顎を外した……
そんなこんなで大騒ぎに陥った午前の大広間だったが、そのままごねていたところで話が動くものではない、そう思う者が多かったのか、ひとり散り、ふたり散り、やがて男たちは自らの決断に従うべく城を出て行った。
「さて、何人が戻るかな?」
こんな馬鹿話に付き合っていられるか、内心そう思う者もいたことだろう。帰らないなら帰らないで良い。当然のことこちらはふるいにかけているのだから……
「また、どこかの本にでも書いてあったことか?」
計画には加担しているが、その発想の出所には心当たりが無い。コンラードが問うとヴァレンティーナは、
「とある国の姫君に、こうして求婚者たちを試した者がいたらしい」
笑ってそう答えた。
石作皇子には仏の御石の鉢、車持皇子には蓬莱の玉の枝(根が銀、茎が金、実が真珠の木の枝)、右大臣阿倍御主人には火鼠の裘(かわごろも)(燃えないとされる布)、大納言大伴御行には龍の首の珠、中納言石上麻呂には燕の産んだ子安貝を…… (※Wikipedhia内「竹取物語」より)
以前は床に伏している日が多かったため、書物なら腐るほど読み漁ってきたヴァレンティーナである。天地創造から庶民の晩御飯まで、かき集めた知識は結構な量を誇っていたりする。
「それで? 結果はどうだったというのだ」
「どうもこうも、姫は男たちを退けるために難題をふっかけたのだから、成功者が出てしまっては話にならないだろう」
結局、誰一人として姫の望むものを持ち帰ることはできなかった。
「けれどこちらは違うぞ。なんとしてでも、宝を持ち帰ってもらわねば困る」
「そう思い通りにいくかな?」
「全滅ということは無いだろうよ。ある程度のことは考慮した上での人選なのだから」
何人帰るかはまた別の話。今ここで問われようとしているのは首謀者側が用意したとあるハードルを越えることができるか否か。
「ともあれ、当分の間この話は棚上げだ。こちらはこちらでせねばならぬことがある。街へ視察に出るぞ。ついて参れ、コンラード」
「まったく何を考えておるやら、あの小娘め」
「あむぁりうんぐぁいするとせっくぁくはむわぁったむぅおぬぉがむぅわぁたはずるぇるずぉ」
注)あまり憤慨すると折角はまったものがまた外れるぞ。
「だからといって口を閉じたままでしゃべるな、余計に鬱陶しいわ!」
こちらは顎の治療を終え、密談部屋にて顔を合わせたハーゲンとミニチアーニ。 「デブレティスはどうした?」
「ああ、経過が思わしくなく臥せっているそうだ」
「上手くはまらなかったのか」
「はめる時に、内側の肉を関節にキュッっと……」
「うわぁ!」
思わず想像して叫び声を上げるハーゲン法相。
それもこれも全てあのヴァレンティーナがとんでもないことを言い出してくれたためだ。婿を選ぶと言いながら、あれほどの無理難題を吹っ掛けるなど、いったい何を目論んでいるというのか。
「死に損ないの考えることなどわからんよ。とはいえ、どうにかあれに婿を取ってもらわないことには、我々の立場も色々とややこしいことになる」
「だからあれほど皆が“後妻を”と薦めたというのに、何が“純愛”だ。あの世間知らずの前大公め。我らに難題ばかり残して逝きおったわ」
「まあ、大公妃は美しかったからなぁ……」
女傑と言っても過言でないヴァレンティーナとは異なり、その母親のアンジェリカはまさに聖母の如きと語られるほど、美しさと共に優しさを併せ持った女性だった。娘は母親から美貌こそ受け継いだものの、性格は苛烈を極め気難しいことこの上ないときている。
「それで、金の採掘量についてだが、あの話、間違いはないのか?」
「ああ。姫もコンラードもひた隠しにしておるようだが、年々落ちてきているのだ。そうそう隠し通せるものではないだろうよ」
「元々数十年のうちにはと言われていたが」
「もっても十年ほどじゃないかねぇ……このままでは、荒れるよ。我らが次の世代は」
「ふむ……」
国中が夢を見ていたのさ。金色に輝く夢をね。
でも、夢がいつか覚めてしまうことくらい、誰でも知っているだろう?
繁栄が永遠に続いたためしなんて、そんなもの、膨大な歴史を紐解いたところで見つかるはずもないのさ。
ひと月ほどが経ち、レント山脈からの風が晩秋の訪れを告げるようになった頃、ロレンシア城に五名の男たちが帰り着いた。
「五人か。まあ、その程度だろうな」
その知らせを湖の対岸にある離宮で受けたヴァレンティーナは、使者として訪れた男に指示を出す。
「明朝ここを発つ。城の者には宝物を披露する準備、しかと整えておくように伝えよ」
「あむぁりうんぐぁいするとせっくぁくはむわぁったむぅおぬぉがむぅわぁたはずるぇるずぉ」
注)あまり憤慨すると折角はまったものがまた外れるぞ。
「だからといって口を閉じたままでしゃべるな、余計に鬱陶しいわ!」
こちらは顎の治療を終え、密談部屋にて顔を合わせたハーゲンとミニチアーニ。 「デブレティスはどうした?」
「ああ、経過が思わしくなく臥せっているそうだ」
「上手くはまらなかったのか」
「はめる時に、内側の肉を関節にキュッっと……」
「うわぁ!」
思わず想像して叫び声を上げるハーゲン法相。
それもこれも全てあのヴァレンティーナがとんでもないことを言い出してくれたためだ。婿を選ぶと言いながら、あれほどの無理難題を吹っ掛けるなど、いったい何を目論んでいるというのか。
「死に損ないの考えることなどわからんよ。とはいえ、どうにかあれに婿を取ってもらわないことには、我々の立場も色々とややこしいことになる」
「だからあれほど皆が“後妻を”と薦めたというのに、何が“純愛”だ。あの世間知らずの前大公め。我らに難題ばかり残して逝きおったわ」
「まあ、大公妃は美しかったからなぁ……」
女傑と言っても過言でないヴァレンティーナとは異なり、その母親のアンジェリカはまさに聖母の如きと語られるほど、美しさと共に優しさを併せ持った女性だった。娘は母親から美貌こそ受け継いだものの、性格は苛烈を極め気難しいことこの上ないときている。
「それで、金の採掘量についてだが、あの話、間違いはないのか?」
「ああ。姫もコンラードもひた隠しにしておるようだが、年々落ちてきているのだ。そうそう隠し通せるものではないだろうよ」
「元々数十年のうちにはと言われていたが」
「もっても十年ほどじゃないかねぇ……このままでは、荒れるよ。我らが次の世代は」
「ふむ……」
国中が夢を見ていたのさ。金色に輝く夢をね。
でも、夢がいつか覚めてしまうことくらい、誰でも知っているだろう?
繁栄が永遠に続いたためしなんて、そんなもの、膨大な歴史を紐解いたところで見つかるはずもないのさ。
ひと月ほどが経ち、レント山脈からの風が晩秋の訪れを告げるようになった頃、ロレンシア城に五名の男たちが帰り着いた。
「五人か。まあ、その程度だろうな」
その知らせを湖の対岸にある離宮で受けたヴァレンティーナは、使者として訪れた男に指示を出す。
「明朝ここを発つ。城の者には宝物を披露する準備、しかと整えておくように伝えよ」