Chapter.1-5
 古くからの呼び名はロレンシア。そこをロヴィアーノ公が治めるようになったので、ロヴィアーノ=ロレンシア。
「美丈夫がふたり残ったようですな」
「ふむ。顔だけではなかったということかな?」
「あとの三人はハゲとチビとデブ……」
 ミニチアーニの言葉に周囲の者たちが振り向く。
   わ、ワシらのことではないぞ!
 かくして微妙な雰囲気が漂うこととなった大広間に、ヴァレンティーナ=ロヴィアーノ・ロレンシア、次期女大公、入場……

 贅を極めた装飾は荘厳と言うに相応しいが、一歩間違えると成金趣味の危うさも滲ませている。そんなロレンシア城の大広間に、負けず劣らず眩いばかりの宝物が並べられていた。
 風の精霊王が持つと伝えられる、十種の宝玉を五連に仕立てた極彩色の首飾り。そして“魔の山”の異名も華々しいモンスラに生息し、羽化の際に金銀でできた皮を残すと言われる、幻の生物“ウォーム”の抜け殻。
 首飾りが三つと蛹の抜け殻がひとつ。
 いずれも皆、その精巧なるレプリカ……
「秘宝は候補として十一上げておいたはずだが、その中で首飾りを選ぶ者ばかりが三人か。大人気だな」
「まあ、あれが一番造り易かったのだろう」
「で、あろうな」
 身も蓋もない会話を扇子の内側で交し、再び宝物の置かれた卓の上に視線を戻した。
唯一無二とされる首飾りが三つ。その時点で充分にあやしいのだが、それを気難しいことこの上ないヴァレンティーナがしげしげと見つめているのだから、献上した三人はおろか周囲の者たちも固唾を飲んで見守ることとなった。
   愚か者めが!   
いつそう怒鳴り出すのかと、冷や汗だくだくで息を詰めたひと時。思わず「永遠にも似た……」と語りたくなるほどの緊張を経て、ヴァレンティーナはコンラードを伴い隣の卓へと移って行った。
「これは意外。偽物を糾弾せぬのか」
「満足そうでありましたな」
「確かに。笑っておったの」
 扇子から見え隠れしていたのは意味深な微笑み。それをどう読み解くか迷い、囁き交す三大臣は共に思案の唸り声を漏らした。
 別にヴァレンティーナとしては唯一無二が三つ揃ったところで気にはしていない。評価するのはただひとつ、これを造り出すことができる ―財力― 、その一点に尽きる。
 宝玉のうち二種はかなり入手が困難だったと思われる。それを揃えてきたということは、この短期間で相当の金が動かされているはず……
 そして抜け殻の方はというと、金銀をマーブルに配し、左右の目には妖蝶に相応しく拳大のルビーとエメラルドがはめ込まれている。
「わざわざオッド・アイに仕立てるとはな」
 持参したのはミニチアーニが言うところのチビ。今回の婿選び最年少は十三歳の参加者からだ。
「昆虫好きのガキか」
 少年はまるで自信作だとでも言わんばかりに、得意満面の表情を浮べていた。
 ひと月ほど前、城から出て行ったのは十九人の男たち(とその従者)。戻ってきたのはわずか五人で、あとの十四人がどうなったのか定かではない。最初から逃亡を決め込んだか、レプリカを作るほどの財に恵まれなかったか、はたまた果敢に挑んで儚くも命を散らしたのか……
首飾りと虫の抜け殻で四人。ならば残るひとりはというと、
「でかいな」
「ええ。ですから水槽も特注で仕立てました」
「悲しそうな目をして見ているようだが」
「お気になさらず、ドナドナとは元々そういう顔をした生き物ですから」
 南洋ミザリア海に棲む幻の怪魚ドナドナ。
   本物を捕って来てどうする! しかも生け捕り!
 見事、幻の秘宝を持って生還を果たしていた。
「あの額のところにある発光体、昔の人にはあれが宝石に見えたのでしょうね。ミザリア海の秘宝とまで呼ばれているくらいですから。実際結構グロテスクなんですけど」
「そなたは魔法剣士か」
 五人目の男、バルダサーレ・ダリオ=ディオニージ。波打つ金色の髪をゆるやかに束ねた長身。年の頃は二十をいくらか過ぎたあたりだろうか。淡い水色のマントを正装としている。それを胸元で止めるブローチに彼の出自と階級が表されているのだが、ヴァレンティーナはそこからもうひとつの情報を読み取り彼に問うた。
 ダリオ公の治めるディオニージ公国。
「あそこの血筋に魔法剣士などいただろうか?」
「それはですね、姫君」
 バルダサーレが耳打つ。
「一応公的には正妻の子となっておりますが、私の母親は表に出ることがない存在ですので」
 まあ、どこにでもあるような話だった。ヴァレンティーナは記憶に収めた家計図から推測したのだが、バルダサーレが魔法剣士を公としている以上、母親の存在も公然の秘密になっていると思われる。
   こちらは財力でなく行動力に○といったところか……
「しかし、でかいな」
「淡水でも生きますんで、お邪魔のようでしたら湖でも離してやって下さい」
 怪魚ドナドナは人面魚。
 かな~しそ~な、目をして、見ているよ~~~

「なにやら美丈夫と戯れている様子……」
「やはり、色男を選ぶか。ヴァレンティーナよ」
「ダリオ=ディオニージ公国の第四公子のようですな」
 大広間の一角を陣取り、資料を眺めながら観察を決め込むことにした三大臣が顔ぶれ。
「格としては一番釣り合いが取れているのではないか?」
「もう一人の美丈夫は首飾りを持ち帰った、シルヴィオ・アドルファーティ。オルガノにある大商家の次男……おお、母親がイダ=オルガノ公の妹ではないか。こちらもまあ、それなりに……」
「あとの三人はデブとチビとハゲか」
 ミニチアーニが言うと、他の二人から「その呼び方はやめい!」と物言いが入った。
 デブがマウリシオ・ジベッリ。海運業を営む商家の三男。
 チビがサミュエル・インテルレンギ。幼稚舎から大学まで、御曹司ご用達某有名私立学院理事長の孫。
 ハゲがルッジェーロ・コフラー。中央と呼ばれる宗主国パルバルディアの聖騎士。母方を辿ると王家との繋がりも出てくるという爵位持ち。
「とりあえず面子は揃った、と見てもよろしいかな?」
「まあ、今回は自分で選んで呼び寄せたのだ。よもや全て“没”とは言うまいよ」
「まだわからんよ。それを平気でやってのけるのが、我らが公女。そうではないか?」
 ヴァレンティーナ・ロヴィアーノ=ロレンシア。
 彼女の婿選びは、五人の候補者及びその影で蠢く思惑と共に第二幕へと移る。


Chapter.1 END

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