Chapter.2-3
「東にメラン・ザーナ公国、西にカヴォル・フィオーレ公国。そして北にあるレント山脈を越えた先は隣国のコーラール王国。国土は王領の三分の一程度とでも言えば想像がつくだろうか? 決して大きくはない。土地はご覧のように山々に囲まれ肥沃というには縁遠い状態にある」
「金鉱脈で成り立っている国、そういうことでしょうか?」
 高台から遥か遠くに街並みを見下ろし、幾重にも連なる周囲の山並みに視線を巡らす。秋の風は火照る頬に心地よく、共にふたり馬を並べてしばしあたりの景色に見入った。
「そなた。なかなかの腕だな。最後まで遅れずに着いて来るとは思わなかったぞ」  どうやら振り落とす気満々だったらしいヴァレンティーナに、こちらもまだまだ余裕の表情を浮べているバルダサーレ。
「我がアヴォーリオも良い走りができたようでご満悦ですよ」
 愛馬に労いの声をかけてやると、黒い鬣を誇らしげに揺らした駿馬が軽い嘶きを返すことで応える。
あのヴァレンティーナがめずらしく相手を褒めたりして、「これはもしや……?」と、顔には出さないまでも内心色めき立った騎馬隊の面々だが、その期待は次の言葉により脆くも崩れ去ることになる。
「ひとつ聞いておかねばなるまい。そなたは何故このような田舎くんだりにまで来ようという気になった?」
 金目当てか?   
とは流石に聞かないまでも、それとなくとか、折を見てとか、そういったことなど端からするつもりのないのが、彼らの公女ヴァレンティーナだった。
「ああ……」
 外野の溜息など当然のこと意に介する様子もない。
「田舎という意味でならディオニージも然程変りませんからねぇ」
「真珠の養殖でがっぽり儲けておろうが」
「ええ、そこのところは、まあ……」
 ダリオ・ディオニージ公国。大陸の最南端に位置する小国だが、良質な天然真珠の産地として知られ、近年はその養殖にも成功し繁栄の一途にある国。
「先日もお話した通り、兄弟の中では私だけ母親が違うのですよ。父は可愛がってくれているのですけどね」
 それもまた、火種になる要素を孕んでいるのだろう。
「四男で庶子とあらば、国に留まってもたかが知れておる。ならば婿に出ることの方が得策と踏んだか」
「はあ……単刀直入に言えば……まあ、そうですかねぇ」
   姫君ぃ! 会話はもう少しオブラートに包んでぇ~!!   
(騎馬隊一同、心の叫び)
   だから「金目当てか?」とは聞いておらぬだろうが!   
 (ヴァレンティーナ、どこからともなく聞こえてきた言葉への本能的アンサー)
「ちなみに、父上はご健勝か?」
「はい、おかげさまで。あんなにも元気であっては、当分の間兄に位が回ってくることはないでしょう」
「なるほどな」
 ならば、父親が健在のうちに毟り取れるだけ毟り取っておくべきだろうな……
 バルダサーレを婿に選んだ場合のシナリオを脳内に描き、ゆっくりと馬の向きを変えると歩き出させた。
   ああぁあ! 姫君がまたよからぬことを考えておられるぅううう!   
 薄っすらと浮んだその意味深な笑みを見て、
「なんとなくわかった」
「お前もか。実は俺もだ」
 騎馬隊の面々は後にそう語り合ったという。


「あちら側がコーラールですか」
 ヴァレンティーナに続いたバルダサーレが左手の山並みを見つめながら言う。
「関心があるのか?」
「他国とは無縁の環境で育ちましたからね。ディオニージが接している二国とも、同じパルバルディア所属の公国。山一つ越えた先に言葉すら違う異民族が暮らしているのとは訳が違います」
「コーラールなど、先代の王までなら特に気に止める必要もない国だったのだがな」  内乱にあけくれ、王が対面を保つのがやっとという体たらくで、背後から攻め込まれるのを恐れるがため、ロレンシアにも度々付け届けを寄越していたような国。そこに現れたのが金獅子の異名も高いオクタヴィアン王。伯父王の急死により跡を継いだのだが、これ自体オクタヴィアンの策略であったという噂も根強く語られている。いずれ、そう遠からぬうちに、彼は国内の反乱分子を一掃し、名実共にコーラールの王になることだろうが、そうした場合、次に彼が目を向けるのはいったいどこか。
「現王が覇王の器であった場合、ここは望むと望むまいとに関わらず前線になることだろう」
 ヴァレンティーナが低く告げると、わずかに驚いたかのような目をしたバルダサーレは、ひょいと肩をすくめて見せた。
「戦ですか? できることなら、ご免被りたいものですねぇ」


 遠駆けに出ていた一行が帰還すると、城の中庭では茶会の準備が整えられていた。
 主催は婿候補のひとり、シルヴィオ=アドルファーティ。
「オルガノ風に仕立ててみました。甘いものも用意してありますので、遠出のお疲れを癒して下さいまし」
 ダヴィーデ・オルガノ公国はボルジアの東側に位置する商業国家で、隣接するトゥルース帝国など東方諸国との交易が盛んに行われている。異国文化の香りも華やかに飾り付けられたロレンシア城の中庭で、ヴァレンシアはシルヴィオ、バルダサーレ、そして婿候補最年少のサミュエルと共に卓を囲んでいた。
「二番目に手を打ってきたのも美丈夫ですか。やはり、女の扱いになれているせいか、色男はフットワークが軽いですのぉ」
「抜け目無くガキもまじっているようじゃが」
 ちゃっかりヴァレンティーナの横を陣取っているのは、最年少のサミュエル少年だったりする。
「流石美丈夫。二人とも余裕で構えておりよるわ」
「あれに同席できるとは、余程図太い神経を持ってでもいないと……」
「単にガキなだけではないか?」
 互いに値踏みし合い、けれど表面上はおくびにも出さないため、一見して平穏なわけだが、その実あたりの空気はなんともいえない緊張感を漂わせていた。
「あとの二人はどうしたのだ」
「ルッジェーロ殿は気分が優れないとのことだ」
 馬術で失態を晒した王国騎士は、未だ気持ちを切り替えることができず自室に引っ込んだままだ。
「もうひとりは……」
 ハーゲンが庭を見渡すと、東屋の陰には、ハンカチの端を口にくわえ、
 キイィィッ!、
 と悔しそうに引き結んで見つめる海運商四男坊の姿があった。
   が、頑張れ。デブ!
 思わず応援せずにいられないのは、ハーゲン法務大臣。こちらもデブ。二重顎、三段バラ、プラス足首無し。



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