夏の前奏曲 〜プレリュード〜 6



 七月某日。予報では曇りのち晴れ。
 花守塾の運動場に観客が大勢つめかけている。里中がこぞって見物に来たのかのような賑わいに唖然とする颯斗だった。
「おいおい、何するつもりだよ。まったく」
 なあ、と言って振り返ると、早智からは「さあ……」という曖昧な返事しか得られなかった。
 コミュニケーションがとれない。
 颯斗のダメージは依然大きい……
  伽羅の民を名乗る彼ら一族は、ほんの少しだけ他の人間より目がよく、ほんの少しだけ他の人間より足腰が頑丈にできていたから、人間社会に無理なく溶け込む ためには、その特異なる能力を目立たない程度に押さえ込んでおく必要がある。子供たちが幼いうちに親元を離され、花守に集められている理由もそこにあっ た。コントロールを学習するためである。
 ただ、闇雲に押さえ込むばかりでは能がない。勿論制御は必要だが、せっかく持って生まれた能力である。磨いてみたくなるのが人というもの。己を知ってこその制御であると、子供たちは始めのうちにそう教えられる。
  颯斗は武術の授業が好きだった。手加減などせず、おもいっきり相手に立ち向かってゆくことができるのだ。おそらく、花守を出てしまえばそういった機会はほ とんどなくなるだろから、子供たちの大半がそうであるように、颯斗もまたありのままの自分を磨くことができるこの時間を充分に楽しんでいる。
 当然、自信もあった。高嶺にはかなわないものの、他の子供たちと比べると頭ひとつは抜き出ている。
 早智は、背丈こそ颯斗と変わらなかったが、色白な分華奢な印象を受けた。颯人の方が骨太で頑丈に思える。朱音に言わせると早智の指は、「ピアノでも弾いていそうな指」なのだそうだ。加えて「山育ちにはない品」とやらも漂わせているらしい。
 さてはて、どう事を運ぶべきだろうか。
 ヘソを曲げられてしまっては本も子もない。
 望むのはただひとつ。
 颯斗は早智と友達になりたいのだ。



 そして、一時を知らせる鐘の音と共に試合は始まり、颯斗は負けた。
 手加減をしたつもりなどなかったのだが、お上品と侮ったことが敗因だろうか。
     強ぇんでやんの     
 今頃気付いても遅いのである。
 観客からあたたかな拍手と労いの声があがる。そこには早智に対する称賛と颯斗に対する激励とが含まれているのだろう。
 颯斗の脳裏には、あれほどまでにこだわっていたリーダーとしての面目など微塵たりとも浮ばなかった。
 尻餅をついたままで呆然と見上げる颯斗を、あろうことか早智は笑ったのだ。ほんの一瞬ではあったが、確かに笑った。
 冷笑に余裕すら感じられて、颯斗は体中の血が沸きおこるのを感じた。
 くそぉっ、面白ぇじゃねぇかよぉ!
 そっちがその気なら結構。今に見ていろ、絶対に友達になってやる。
 手応えは充分。

 頭上に広がる空は、いつの間にか夏の色をしていた。




夏の前奏曲〜プレリュード〜・完

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