■ 男の子のつま先 1

 雪柳颯人。少々エネルギー過剰気味な姉と、二人合わせて二百歳以上になる両親を持つ。
 早生まれなのでまだ十三歳。色々ともの思うお年頃……

 事の起こりは雪柳夫妻からその子供たちの元へ、季節の変わり目になると送られてくる、向こう三か月分の衣類やら生活雑貨やらを詰め込んだダンボール箱が届いたことにある。
「何だよ、これ。中身洗濯機か?」
 規格外と言おうかなんと言おうか、流石にこれは非常識だと思うのだが、どうだろう?
 とりあえず、こんなデカイものを運んでくれた運送屋のお兄さんごめんなさい、と心の中で侘びておく。
「小分けすりゃぁいいのに……」
 当然のこと中身は洗濯機などではなく、前述の通り雑貨類なわけで……
「服とか菓子はいいにしても、そのほかはどうなん? これ」
 別にどこでも買えるようなものばかりが詰め込まれているのを見ると、流石に疑問を抱かずにはいられない颯斗だった。毎度のこととはいえ、そのわけの分からなさに首を傾げてみせると、里の年寄りたち曰く、
「まあ、昔の名残だろうなぁ」
「そうそう。ここら一帯陸の孤島みたいなものだったからして」
「物資の調達には我らも頭を痛めたものよ。その点、今はいい時代になったのぉ」

 一体、うちの親たちの時間はいつから止まっているのだろうか……

 荷物の整理をしながら、颯人はそんなことを思った。どのみち個人宛のもの以外は里に寄付してみんなで使ってしまうのだ。この尋常じゃない歯ブラシの量からして、当の送り主たちもそのつもりなのだろう。
「なんか、今は東北の方にいるみたい。しばらくはあっちで暮らすつもりだって」
 片づけを弟に任せて、自分は同梱されていた手紙を読んでいた姉の朱音が、一枚の写真を放って寄越した。
 どこかのテーマパークだろうか、マスコットキャラと共にポーズを決める、ちょっと痛い感じのするバカップルが一組……
「ある意味化物よね。二十歳前後にしか見えないもの。そりゃぁ、ひとつところにも長居できないわ」
 父はともかくとして、母は一族の中でも飛び抜けて年齢不詳の部類だった。そしておそらくこの姉もその血を濃く受け継いでいるのだろうと思うのだが、言ったが最後反応は知れたものなので、懸命なる颯人君は無駄口をたたかない。いい加減学ぼうというものだ。
 二百余年にも及ぼうかという寿命の中で、彼らが老いの域にあるのは最後の五十年ほどであろうか。子供のうちこそ他の人間と足並みを揃えているそれも、十代の後半に差し架かると途端にゆるやかになる。
「まあね、文明が進んで、開拓も進んで、山も森も開かれたとなったら隠れるところなんてなくなっちゃったもの。田舎は人目がうるさいし、どこに誰が住んでいるとか、子供が何人いるとか、あの家とこの家は姻戚関係にあるとか、みーんな知っている、っていうか、知っていないと気が済まないのよね。ここでの定住なんて夢のまた夢だわ」
「これ、姉ちゃんの」
 荷物を粗方出し終えた颯人は、まだまだ言い足りないと燻っている朱音に対して、紙包みをひとつ手渡してやる。達筆な筆文字(当然のこと筆ペンなどではない)で「朱音様」、と書かれているそれは、持った感触からして衣類であろうと思われた。
 姉の服は父が選ぶのだが、彼の好みは一貫してサナトリウム文学にでも出てきそうな可憐な少女像を追い求めている。朱音は生まれてこの方ろくな病気知らずの健康体そのものだったが、体の線が細く色白なこともあってか問題なく着こなしていた。
 しかし、そういう清楚なものを好む父が何故に母のような原色系を伴侶に選んだのか。それは颯人の理解を大きく超えており、親とはえてして子供にとっては不可解なもの……とでも思うより気持ちの落としどころがないのだった。
 それでも父はまだいい。問題は母だ。
 服の好みだけでも読める父親とは違い、母親は全てにおいて謎である。
 颯斗の服は母が選び送って来るのだが、当然のことその時々の彼女の好みが反映されている。ただ、その彼女の好みとやらが長く続いたためしなど一度としてなく、おかげで颯人の元には、季節ごとに方向性の定まらない品物が届けられるという始末だった。この前はパンクスだったが、今度は写真からしてサファリ系だろうか? せめて流行の一端にでもかすっていてくれればまだわかりやすいのだが、全てが万事において彼女流なのだから蓋を開けてみなければわからない。ひと言で言ってしまえば、お手上げ状態なわけで……
 しかし、荷物を取り出して、馬鹿でかい箱をひっくり返してみても、その中から明らかに自分宛だと颯人が思えたのは、一通の白い封筒のみだった。
「何? あんたそれだけなの?」
 細やかな刺繍が入った白のブラウスとライラック色の小さな花柄が散るチュニックを広げていた朱音が聞いてきた。
 颯人は手紙を読もうとして眉間に皺を刻んだ。手書きではない、ワープロか何かに打ち込んだものをプリントアウトしたと思われる。しかも、どこで覚えたのだろう、“ギャル文字”だ。
「むぅ……」

立風斗、元気レニιτますカゝ?⊇っちレよ思っτレヽナニ以上@寒、ナτ″す。ぁωナニカゞぉ腹出ιτ寝ナニら一発τ″ゃられちゃぅょぅナょ寒、ナτ″す。、ナτ、ξωナょ木亟寒@陸奥カゝらぉ届レナすゑ、愛@定其月イ更τ″すカゞ、今回レよちょっー⊂走耳又向を変ぇτゐまιナニ。ぁωナニももぅレヽレヽ力ロシ咸ぉ母、ナωレニぇ巽ωτ″もらっナニ服τ″もナょレヽτ″ιょぅ?ξもξも、ぉ母、ナω男@孑レよぁωナニひー⊂丶)ナニ″カゝらょ<ゎカゝらナょレヽ@ょね。ナニ″カゝらぉ金を用意すゑ⊇ー⊂レニιτゐまιナニ。⊇れτ″女子、キナょも@を買レヽナょ、ナレヽ。まぁξ@ぇ刀з<ナょぉ店カゞナょレヽτ″ιょぅカゝら、ξ@土易合レよ山を降丶)τ言周ぇ幸ナょ、ナレヽね。ぁー⊂、腹巻@廾ィス″カゞノhヽ、ナ<ナょっτレヽゑょぅナょらちゃωー⊂買レヽ替ぇゑ@ょ!

 茶目っ気だということぐらいはわかっている。アレはそういう女だ。しかし何故今頃になって突如としてギャル文字なのか。いや、それに意味を求めるだけ無駄か。長年の経験に耳打ちされ、颯斗は早々に疑問を打ち消した。

『颯人、元気? あんたももうお母さんが選んだ服って歳でもないだろうから、お金を入れておきます。これで好きなものを買いなさいね』

 要約するとこんな感じだったが、横から覗きこんでいた朱音の顔が瞬時に曇った。
「なにそれ。なんであんただけ」
「さあ……」
 マズイ、と思った時にはもう遅かった。この場合、何を言ったところで結果は変わらないのだろう。諦念にも似た思いを感じながら、颯斗は怒りをあらわに部屋を出て行く朱音の後姿を見送った。
 自分は父からの贈りものにまんざらでもない風だったというのに。
 どうしてああまでして怒る必要があるというのか。
「わからん」
 母も姉も。うちの女どもは、本当に、わからん。

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