青の記憶 [



【3】

 グレイと共に町に出て、互いの用をするために別れた。アリサの店で雑貨を買い求めた後、書店にまで足を伸ばす。荷物が少なくて済むようなら、ひとり先に歩いて帰るのも悪くないだろう。夏ももう終わりにさしかかっている。夕方が近づくにつれ、涼やかな風が吹いてくるようになった。
 そろそろ学院に戻ることを考えなければならない頃か。ローの作業は思いのほか長引いているようで、もう少しここに留まって調整を続けることにしたらしい。
 見送ったり、見送られたり。セシリーとローの間で繰り返されてきた夏は、そうして終わる。
 また次の夏を待つ日々がはじまる。ただそれだけのこと。
 彼はまたここに戻ってくるのだから、大丈夫。
 そう思えば大丈夫。毎日をやってゆける。
 あの“魔方陣”は世界中に何箇所かあり、彼はそのメンテナンスを行うために各地を渡り歩いている。彼をサポートする存在がセシリーやグレイのほかにもいることは知っていたが、それでも彼にとってここは特別な場所なのだと思う。
“彼女”の眠る場所。最後の時を、ふたり静かに過ごした    
「セシリー」
 名を呼ばれ、思考の檻がはじけた。
「エド……」
「乗れよ」
 車の助手席に乗るよう促されたが、セシリーは素気無く答えた。
「結構よ。歩いて帰るから」
「聞いておいた方がいいと思うが。少々厄介なことになっている」
 わずかな沈黙ののち、セシリーは車内に身を滑り込ませた。



「ろくなこと考えないのね。大人って」
「ビジネスさ。慈善事業をやっているわけじゃない」
「元はと言えばうちの土地よ。それを私たちが取り戻そうとすることで批難を受ける言われなんてないわ。ましてや法を犯しているわけでもない。あなたの父親はランスワースが目障りなのよ。いくらお金を積んだところで、五百年にも渡る名を越えることはできやしないもの」
 成り上がり者    
 幼馴染としての記憶からか、エドワードに対してその言葉を用いるのには躊躇いを覚えるのだが、エドワードの父親と彼の取り巻きについてはどうしても良い感情を持つことができないでいる。
「ランスワースの名を誇るのなら、それを穢すような真似をするものじゃない」
「ローやグレイのことを言っているの? 彼らはよくしてくれるわ。意地悪しかして下さらないあなたのお父さまよりもずっとね。あなたのお爺様たちが母さまから奪ったものを取り戻してくれたのは彼らよ。そうでしょう?」
 セシリーは冷笑を刻み言った。
「その通りさ。親父に欠けているのは人望だ。人々が求めているのは、金にものをいわせる成り上がり者ではない。勝算はあるんだ。それを無駄にするなと言っている。お前の母親が父親のわからない子供を産んだ記憶は、まだ薄れてはいない」
「私の存在自体が許されないとでも?」
「そうじゃない。ただ、これ以上の隙を与えるなと言っている」
 苛立ちを散らすかにして嘆息し、セシリーは車外の光景に視線を向けた。
 城が見える。時の流れに燻され、静かに鎮座する様は、どこか墓標のようにすら思える。
「勘違いするな。俺だってグレイの手腕は認めている。彼の存在がなければ、正直ここまで持ちこたえることはできなかっただろう。だが、」
「だったらこれ以上の口は挟まないで頂戴。あなたに彼のかわりができる訳ではないのでしょう? 余所者が好まれないのは知っているわ。でも、私たちも昔のままでいることはできないのよ」
 重苦しい沈黙に包まれたまま、車は丘の入り口へとたどり着いた。
「ここでいいわ」
「情報は最大限に流してやる。時には親父の暴走もあるだろうが、チャンスがあれば逃すな。叩けるときには叩くんだ。いいな」
 車から降りようとするセシリーにエドワードがそう告げる。怪訝そうに振り向いたセシリーは、発言の真意を確かめようと問うた。
「何故? そんなことをして、あなたは大丈夫なの?」
「俺のことは気にしなくていい」
「もしかして、あなた……お父さまのことを憎んでいる……?」
 エドワードは自嘲気味に笑い、
「自分の血を残したくないと思う程度には」
 そう告げるに止めた。




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