目覚めよと呼ぶ声あり X 

 名君と誉れの高い国王陛下は老いてなおご健在で、加えて総督閣下は有能さを証明する逸話なら事欠かないとまでされるお方。
 となれば即位後も院政というかお飾りというか、そんなんじゃ王太子殿下も大変だろうな……そう思う国民は結構多かったりする。
 ちなみに総督閣下は、かつて国王陛下の愛人だったこというまことしやかな噂があるのだが、まあ……これは本当なのだろう。私が昔いた国は同性婚が公的に認められているような国だったから、慣れちゃってるっていうか、なんていうか、見た感じでなんとなくわかるんです。
 我ながら傍迷惑な特技……ですよねぇ。重々承知しておりますです、はい。
 でも恋愛に性別は関係ないと思うし、人様には人様の事情があるのだから、別にこれといって含むところもないのだけれど、ただ、常々近所のおばちゃんたちが閣下のことをホモホモ言っているので、ついつい閣下の話題になると頭にホモをつけて呼びたくなってしまうという……脳内不敬罪ですか? 努々公言は致しませんので、何卒お許し下さいませ、閣下。

「出迎え大儀である。ヴァームール。しかし、見逃してほしいというのは無理な頼みだろうか?」
「まことに残念でございますが殿下、一個隊率いておりますのでそのようなわけには……」
 そりゃぁ、これだけの人数に見られていてはねぇ……なんか、色々と視線が痛いです。でも、総督が命じれば黙するのだろうか。彼らは。
 軍事には疎いのでどの程度の兵なのかまではわからないのだけれど、かなりのランクに属していることはその佇まいを見ても明らか。
 あ、ちょっと待って。
 あのマントのデザイン、色合い、エンブレムの配し方といい、こちらの人たちってもしかしたら宮殿騎士団の方々ですか? 
テンプルナイツって―― 総督閣下?
 これは……話を内々でおさめるつもりなのか、はたまた逆に大事にされようとしているのか……
「捕らえに参ったか」
 思いのほか殿下が落ち着いておられることに驚く。とぼけているように見えても王族、場慣れしているというか、事態の把握も的確にできているらしい。
 殿下は“やれば出来る子” 時々思うんですけどね、時々……
 その時、ついっ、と。誰かに腕をとられたので視線を向けると、いつの間にか横に来ていた侍女殿に、ひっそりと声をかけられた。
「どうにかなりませぬか?」
 何を望まれているのかはすぐにわかった。けれど、
「無理ですよ」
 これは己の信条とか、そういうのとはまた別の問題。魔法でどうにかするよう言われているのだろうけど、ここで魔法を使うことはできない。不可能なのだ。
 魔法が使えない。これは“魔力を発生させることができない”そう言い換えた方がわかりやすいだろうか。
 あの異星人の投棄ゴミであるところの <結界> は、どうやら <魔力> と相反する力を有しているらしく、それの影響下にある場所、つまりハイドランド国内で用いられた魔法は、威力を発するよりも前に無効化されてしまう。だからこの国には魔導師がひとりもいないのだ。まあ、それ以前に魔法自体が国禁扱いなのだけど、“潜り”も“外れ”もいないのはそういった理由から。商売あがったりだもの。
 例外があるとすれば、殿下が言われていた <魔方陣> なのだろうけど、これは実物を見ていないのでなんとも言えない。仮に私が思い浮べているようなものであれば、おそらく、ここハイドランドでも魔力を発動させることができる。ただし、その中に立ち入って行うのが絶対条件なのだから、今のところこの状況では……
「どうにもなりませぬか……?」
「お役に立てなくて申し訳ないです」
 護身用にと思い、催涙効果を持つ薬草で煉った弾薬をいくつか袋の中に忍ばせてはある。けれど、現状そんなものにどれだけの効果を期待することができるのだろう。
 温室育ちの殿下と初老の侍女を連れて、この足場の悪い森の中を逃げる。
 相手はホ……じゃなかった敏腕総督が率いる王国騎士数十名……
 無理ですって(断言)
「父上が話し合いに応じて下さるというのであれば戻っても良いが、そうはならぬのであろう?」
「はい。しかしながら殿下、我々は殿下のことを言葉通り“御迎え”に参ったのではありません」
 総督閣下は殿下に対して未だ礼の姿勢を取られたままだが、その表情は明かに違った。ちなみにこういう顔をする人、過去に一名知ってます。これが、謀略大好きの上、ドS級の拷問魔でねぇ…… ああ、別に総督閣下が謀略好きの拷問好きって言っているわけじゃないですよ、念のため。
「何者かがカーライル殿下に毒を盛ろうと画策した模様です。幸い事なきを得ましたが、未だ首謀者が捕らえられておりません」
 毒殺とはまた穏やかじゃない。袖をつかまれたままでいた侍女殿の手に、次第に力が込められていくのを感じる。
――カーライル殿下――耳慣れないがどこか聞き覚えのある名前を必死で記憶の中から探ろうとすると、以外とあっさりそれは見つかった。
 そう何度も聞いた名前ではない。それもそのはず、生まれたばかりの公子様につけられた名前なのだから。王太子殿下のお子様だから今は公子様だけど、近いうちに王子様になられるであろう止事無きお方のお名前。
「実行犯は捕らえたのだな」
「はい。その者を問い質したところ、意外な名を口にいたしました」
 なんだろう、この展開……聞きたくないです、それ。
 でも、総督閣下が私の心中など察して下さるはずもなく、いや……まるで思考を読まれていたかのように容赦なくおっしゃった。
 実行犯の口からこぼれ出た言葉、それは……
――アルゼルト第二王子のご命にございます――
 猛禽の嘶きが森の暁を切り裂く。
何が起ろうとしているのか。いや、既に起きてしまったのだろうか。断片的に見え隠れするものを頼りに、突如として示されたパズルを解こうとするが、頭が考えることを拒絶しているのか上手く思考することができない。
「ご同行を。王子」
 殿下は静かに頷かれた。
「そこの二人には危害を加えぬよう」
 剣を閣下に手渡した後、いま一度こちらを振り向かれた殿下。
 明け行く空を背に立たれていたからだろうか。白金の髪、白磁の肌共々、今にも朝靄の中溶けてしまうのではないかと思われた。
「私ではないよ。せめて君にだけは信じてもらいたい。―――」
 最後に何かもうひと言言われたような気がするが、間近で鳴った羽音に阻まれ聞き取ることができなかった。
 もしも名を呼ばれたのだとすれば、

 それは― ナディア ―だったのか― パメラ ―だったのか ――




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