Chapter.1-2
 ロヴィアーノ=ロレンシア公国はパルバルディア王国を構成する衛星国家のひとつである。伝統的に自治権は与えられているものの事実上は地方領の扱いに等しく、パルバルディア王を宗主として戴く。
 山深い辺境ということもあり、歴史的に見ても然程重要視されない時代が続いていたが、突如としてこの小国を歴史の表舞台に引きずり出す出来事が生じる。
 金鉱脈の発見である。
 以前から言い伝えだけは残されていたが、誰も本当とは思わず、絵空事のまま吟遊詩人たちが語るに留まっていたそれ。それはロレンシアを、そしてそこに暮らす人々の運命を、大きく変容させるのに充分な力を有していた。

 金山を所有するロヴィアーノ・ロレンシア公国公女、ヴァレンティー・ロヴィアーノ=ロレンシアの結婚。実際問題として課題は山積しているのだが、まず最初の関門として立ちはだかるのが結婚相手の選定である。
「近隣諸国から公募でも募るか」
 三翁と呼ばれる古参の家臣たちに任せていても一向に埒が明かないので、ついにはヴァレンティーナ自らが動くことにした。
「早急に触れを出すように。よいな、コンラード」
「承知」


「さてはてどうなりますかな?」
「世間知らずの小娘ひとり、どうにでもなると侮ったのが間違いだったか」
「思いのほかの行動力には驚きましたな」
 さて、こちらは目論見が外れ、外野に置かれることとなった三翁が顔ぶれ。宮廷の一室にこもり、香り高い紅茶と甘い匂いがする菓子を前にして密談に花を咲かせている。
「ついニ年ほど前まで病で青色吐息だったというのが嘘のような話ですな」
「子供が病勝ちなのはめずらしくもないが、流石にあれでは育たぬと思った」
「死の淵から帰ってきた娘は気丈……ということでしょうか? やれやれ、我々の手にも余るようでは困ったものです」
 頭頂部のあやしい外相がミニチアーニ。子供の如き背丈の財相はデブレティス。そして、二重顎に三段腹を誇る法相がハーゲン。
「素行の悪さは今に始まったことではないが(育たないと思っていたので、誰も多くは言わなかった)、あの怪力はいただけませぬな。見られよ、この痣」
 ミニチアーニが指さした先には、先日ヴァレンティーナが放った扇子の持ち手、そこに掘られていた花柄模様が見事なグラデーションを描きはっきりと写り込んでいる。
「ワシも顔を前側からガシっとやられたので、未だに首が……」
 デブレティスは額を足蹴にされ鞭打ちに喘いでいた。
「性格に難ありで怪力。これで見た目も劣ろうものなら救いようがないが、幸いそればかりはなんとか」
「ええ、それでしたらどうにか」
「あれほどの美姫、探そうにもそうはおりますまいて」
 金山持ちの美姫は花も恥らう十七歳。となれば、売るなら今をおいて他に無いだろう。時期を逃し、薹が立ってからでは遅いのである。性格に難有り+怪力+年増とあっては、いかに金山付きとはいえハードルも高くなる。そういう物好きもいるにはいるだろうが、そのようなキワモノ、選ぶ側としてはあまり好ましい状態とは言えない。
「しかし、重ね重ね我らに手頃な男児がおらぬのが口惜しいこと」
 ハーゲンとミニチアーニの息子はヴァレンティーナより二十近く年上で、しかも既婚者であることから、教義的に離婚が認められない以上使い物にはならない。デブレティスは娘三人がいるばかりで男児には恵まれていなかった。
「ここ二代ほど他国からの妃が続いておる故、そろそろ我らの方でも姻戚関係を設けたいところなのだが……」
「我らに手駒がある時はあちらが承諾せずでしたからな。物事上手くばかりは運ばないものとはいえ、困ったものよ」
 ヴァレンティーナの母親は隣国パロから貰い受けた元公女。ちょっとした恋愛譚を経ての結婚だったため、周囲がいくら自身の娘を妾妃にと薦めても、前大公が取り合うことはなかった。そして当代、大公を継ぐ資格を持つのは一人娘であるヴァレンティーナのみであり、三大臣は孫に目を向けてみても婿として差し出せる素材を見出せないでいる。
「孫はなぁ、男の子とはいえ三歳児だからして」
「うちはまだ当歳じゃ」
「どちらにしろ今回の“条件”にはあてはまりませんな」
 とはいえ、あのコンラードを退けてまでの婿取りである。たとえ三人に男児がいたとしても、ヴァレンティーナが頷いたかどうかは甚だあやしいのだが。
「とにかく、人選は重要じゃ。しばらくは静観しようが、我らが意に添わぬ者を迎え入れるわけにはいかぬ」
「代々守り通した大公領、下手な輩に奪われるわけにもいきませぬからなぁ」
「いきがっていたところで所詮は小娘、どれほどのことができるか、まずはお手並み拝見といきましょうか」
 三者三様、不敵な笑い声が室内に響き渡った。


 ふん、というヴァレンティーナの冷笑が宙を切り裂く。
「爺共そのようなことを申しておったか」
 コンラードを介し受けているのは間諜が齎した報告。一語一句全て伝えさせたが、“怪力”の部分で椅子の肘宛を打つと、扇子も肘宛も双方が破損してしまった。あとで取り替えを命じねばなるまい。面倒なことだ。
「自分たちが至らぬことを棚に上げ、よくも抜け抜けと言ってくれるわ」
 最初から期待などしていなかったのだが、あちらにはあちらなりの立場、面子というものがある。一応任せるだけはして様子をみることにしていたのだが、その“あまりにも”な結果に自らが動くことにしたヴァレンティーナである。彼女は立ち上がると、窓辺に歩み寄り、わずかに開かれた窓からはるか遠い山並みを見つめた。最高峰であるイーラとその周辺には、一年を通じて雪の姿を見ることができた。
「監視はこれまで通りに行えばいいか?」
「任せる」
 金山を得るまではどうしようもない田舎町だったと聞く。風光明媚ではあるが、人々の暮らしは苦しく、年回りの悪い時など、多くの者が飢餓や病で命を落とした。今の繁栄は全て金によって齎されたものであり、それ無くしては立ち行かないのがロレンシア公国の現状でもあった。
「だが気を抜くな。どうしようもない大うつけだが、あれでも一応は臣の一族。世襲とはいえ代々大公家を支えてきた家の、それも当主共だ。そこのところを侮ると痛い目を見るぞ」
 欠点だけを見れば誰もが大馬鹿者に見えるだろう。けれど、人とはそれほど単純な面だけで成り立っている生き物ではない。判断を誤れば反対に自分こそが大馬鹿に落ちるのである。残念ながら今のヴァレンティーナには、愚かにも馬鹿に成り下がっている時間などありはしない。
「既にいくつかの話が来ていると言ったな。昼食後に見よう。お前の意見も聞かせるように。よいな、コンラード」
「承知」


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